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机の上に、ずらり並んだ百科事典。
宇宙から自動車までを解説する大図鑑のシリーズ。
辞書はどれも新版をそろえているし、聖書だってある。
うーん、なかなか立派な書斎だ、と思われるだろうか。
実は、これ全部、消しゴムである。
明解古語事典は、幾度もページを操った手の跡が残っているようだ。
「Beautirul Flowers」の2巻本は、繊細な洋書のおもむき。
ロシア語の辞書の重厚さといったら、どうだ。
黒の革表紙に彫り込まれた金文字の、なんとリアルな仕上がりだろう。
しかし勿論そこここに、消しゴムならではのユーモアが隠されている。
新独和事典の出版社は、HANSEI(反省)DOだし、新和英中事典はGOKAKU(合格)SHA、新英英事典はJODAN(冗談)SHA、なんてね。
研学社の国民百科事典には、苦労した。
1巻ずつ各文房具店に飛び散っているものだから、足を棒にして探し回るしかなかった。
ようやく5巻までそろえたが、これで完成ではない。
よく目をこらして、見てほしい。
1巻は「あ」から始まり、5巻は「ぬ」で終わっている。
この分では、あと5巻あるにちがいない。
しかし、これ以上はどうしても見つからなかった。
メーカーが半分で製造中止したなんて、考えたくないのだけれど‥‥。
背表紙に鉛筆立てをあしらい玩具っぽさを出した、見津館の学習百科図鑑も、1冊足りない。
1)植物、3)魚貝、4)鳥類、5)動物ときているから、2)は昆虫の図鑑だろうか。
なかなか手に入らない。
それにしても、消しゴムで本を作るとは、皮肉な思いつきだ。
書物は、知識や表現を他者に伝えたい、残しておきたいという人間の思いが選んだ、ひとつの形である。
一方消しゴムは、(たとえ間違いであったとしても)いったん形づくられた世界を消滅させるために、生まれてきたものだ。
しかも相手だけでなく、自らも身を捩りながら、自他ともに消失していくという、悲しい宿命を負っている。
その潔さがまた、消しゴムの魅力でもある。
このどうにも相いれるはずのない二者が、消しゴムの本の内側で、激しく葛藤しているのだ。
新たな宇宙を描き出そうか、いっそさっぱり掻き消えようか‥‥。
昨日も今日も、文房具屋を訪ね歩きながら、ふと思う。
もしかすると、探し続けいているあの事典も図鑑も、完全にそろわないほうがいいのかもしれない。
それは、彼らの在ることの苦しさを、そのまま語っているのだから。
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