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5月の静かな涙


透き通った空の青、若々しい樹木の緑、光が軽やかに遊び、爽やかな風が吹き抜け、花々がいっせいに風景を彩る・・・ヨーロッパの5月。
そんな輝く季節に、毎年ピナ・バウシュの新作が発表されます。

今年の新作のタイトルは、「Vollmond」(満月)。
舞台に巨大な岩が出現し、深い川が横たわり、その中をダンサーたちは列をなして泳ぎ、ずぶ濡れになってパフォーマンスを展開します。
日本のイメージから生み出されたダンスもちりばめられ、2年前日本をテーマにして作られたコ−プロダクションの嬉しい余韻を、味わいました。
私にとっては、とても優しい作品という印象でした。
優しい温かさ、優しい美しさ、優しい悲しさ・・・。


新作「Vollmond」の舞台
アウトバーンが渋滞していたため、脇道にそれて、緑の中を劇場へ。
ピナと。
ルッツ(左)、マティアスと。
メヒトヒルト(左)、マリオンと。
ダフニスと。
「Keuschheitslegend」の公演中、ダンサーが客席に投げるキャンディ。

私は、ダフニスとクリスティアーナに投げてもらったのを、キャッチ。
「Keuschheitslegende」の舞台



それから1週間後の、「Keuschheitslegende」の公演は、今回私が何より楽しみにしていたものでした。
そのために、無理をしてスケジュール調整し、ヴッパータールまで飛んだのですもの。
「純潔伝説」とでも訳しましょうか?
初演は1979年。
忘れがたい年に生み出された、伝説的な作品を、ようやく目にすることができるのです。
カラフルな椅子がステージを飾り、それはもう、驚くほど、明るい愉快なパフォーマンスでした。
何度も笑って、ドレスリハーサルをおおいに楽しんだあと、夜中近くにピナやダンサーたちと少し話をし、住まいに帰って、チョコレートを食べ、ベッドに入って、さまざまなシーンをもう一度思い起こしていると、やがて心の底から染み出すように、涙が浮かんできました。
1時間ほども、私はそうして横たわっていました。
静かな、静かな涙でした。
作品のエネルギーが、波動が少しづつ、じわじわと私の体を揺さぶり通って、ついに心に小さな穴をあけたようでした。
これまでピナの作品に激しく突き動かされ、パフォーマンスの最中に号泣することは度々ありましたが、こんな静かな涙は始めてです。
実は、せいいっぱい明るく装った作品の裏側に、深い悲しみが込められていたのです。
ピナと、またルッツともランチを共にしながら、そんな話を聞きました。
とても重い内容なので、ここで簡単に書いてしまうことはできないけれど、いつかきっと、皆さんにもお伝えする機会があると思います。
それまで少し、私の心にも時間をくださいね。


2006年6月5日  

楠田 枝里子