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幸せな、時間の贈り物
それは、この春のビッグイベントでした。
ピナ・バウシュとヴッパータール舞踊団の公演が、3年ぶりにさいたま芸術劇場で行われたのです。
毎年ヨーロッパのどこかで、私は彼らのパフォーマンスを目にしているのですが、やはり日本での舞台となると熱の入り方が違いますよね。
2ヵ月前には、バックステージに差し入れするお花のアレンジメントを発注し(ちょうど桜の季節なので、「桜と春霞」というテーマでお願いしました)、2週間前からメンバーたちとメールでやりとり。
「久しぶりの日本、楽しみだわ」
「ボクも行くことになったよ」
「もうすぐ会えるね」
さんざん盛り上がって、当日を迎えたのでした。
私は期待と嬉しさに心躍らせながら、早めに劇場へと向かいました。
まずは若い仲間たちと角のレストランで落ち合って、軽く食事をしながら、賑やかにおしゃべり。
開場時間になり、劇場のホールに入って、懐かしい友人たちと次々再会を喜び合います。
今回の演目は、「ネルケン」(カーネーション)!
私にとって、けして忘れることのできない大切な一作です。
1989年に衝撃の出会いを果たし、たちまちピナ・バウシュの世界の魅力に引き込まれてしまったのですから。
何度見ても、すばらしい美しい作品。
いや、繰り返し見れば見るほど、深みの増す傑作です。
さらに、私は今回、これまで経験したことのなかった、味わい深い感情に涙しました。
28年の間に、カンパニーのメンバーは入れ替わり、ステージに立つオリジナル・メンバーはかなり少なくなっています。
ルッツも、ドミニークも、ヤンも、ナザレットももういない・・・。
今回の公演も、半分あまりが新しいダンサーたちになっていました。
特に、ピナが亡くなったあとに参加した若いメンバーは、ピナと言葉を交わしたことも、直接指導を受けたわけでもありませんから、そのダンスは、当然オリジナルの表現には追い付かないわけです。
でも、不思議なことに・・・。
私は、若い世代の新鮮なアプローチを興味深く眺めながら、同時に、オリジナル・メンバーのパフォーマンスを折り重ねて、見ていたのですね。
ルッツの、手話で歌う「ザ・マン・アイ・ラブ」も、黒いワンピースで跳ね回るドミニークの衝撃のソロも、大男のヤンがゴージャスなロングドレスでポーズを取り観客を魅了するシーンも、私の目の前にいきいきと現れました!
数えきれないほど何度も、この作品に触れてきたので、彼らのムーブメントは私の魂に深く刻み込まれていて、それが見事に甦って見えていたのです。
それはもう、このうえなく美しく感動的な瞬間でした。
長い時間と歴史がもたらした、幸福な体験。
今なお私たちの心のなかに生き続けているピナからの、大きな贈り物でした。
私は思わず、いつもピナが座っていた一番後ろの座席を振り返り見ました。
そこに、ピナが微笑んでいる気がしました。
確かに、私はピナの気配を感じていたのでした。
公演終了後のレセプションでも、興奮の連続でした。
カンパニーのメンバーと、話に花が咲きました。
みんな笑顔、笑顔、笑顔!
ナザレット、ジュリー・シャナハン、アイーダ
ジュリー・アン
エレナ
アンドレイ
フランコ
フェルナンド
ドミニーク
アズサ、パオ、ブランカ
天児、ペーター、ザビネ
ピナ・バウシュと出会い、ピナと関わった多くの人々と今なお交歓することができるとは、間違いなく私の人生の幸運だと、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
夜も更け、パーティがお開きになっても、それでは終われません。
埼玉から東京に車を走らせ、もう閉店している緑ちゃん(劇場関係の古い友人)のご主人のフレンチ・レストランにわがままを言って雪崩れこみ、宴会が続きました。
ピナの息子のサロモンや、山海塾の天児さんも一緒です。
サロモンがヴッパータールから、私にお土産を持ってきてくれていました。
「Proben in der Lichtburg」(リヒトブルクでのリハーサル)とタイトルの付いた新しい写真集(在りし日のピナの姿が感慨深い)と、ピナ・バウシュ生誕75年に発行された記念切手!
あまりの嬉しさに、私は飛び上がって喜びました。
愉快な時間は、エンドレスに続くように感じられました。
しかし、ふとサロモンに、
「いつまで日本にいられるの?」
と聞いて、その返事に一同びっくり。
「朝9時の便で、帰国するんだ」
急いでホテルに戻らないと大変、もう、眠る時間もありません。
全員即座に、腰を上げたのでした。
遠い昔、ピナと初めて、ミュンヘンのプライベート・パーティで、朝まで一緒に過ごした日のことを思い出しました。
いつのまにか夜が明け、慌てて外に飛び出したとき、ピナがかなたの空を見上げて、
「これから、ウィーンなの」
とつぶやいた透き通った横顔が、サロモンの繊細で優しい眼差しと折り重なりました。
2017年5月10日
楠田 枝里子