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詩人の岸田衿子さんの北軽井沢の別荘に、遊びに出かけたことがある。

私の名前は岸田さんの「エリコ」からいただいたものだし、彼女の美しい作品世界に潜む恐さや残酷さには、前々から魅せられていた。

なにか珍しい面白がれるものをと、私は手土産に、チョコレートの消しゴムの詰め合わせを1箱買い、赤いリボンをかけた。

夏休みの静かな午後。
涼しげな風の渡る居間の木のテーブルの上で、衿子さんが包みを開くと、ぷーんと甘い香りがあたりに広がった。
色も形も大きさも、本物と見分けがつかない。柔らかで弾力ある上等のチョコレートといったふうである。

「まあ、嬉しいわ。ちょうどおやつにしようと思ってたところなの。今、紅茶をいれるわね」
衿子さんはいそいそと、台所に立つ。

なんだか、おかしくてたまらない。
うつむいて、私は笑いをかみころす。子供たちや編集者など、6人ほどが集まっているのに、誰もそのお菓子がニセモノだと気付かないのだ。




ほんの冗談のつもりだったから、すぐにネタばらしをする予定でいた。
けれど、喜んではしゃぎまわる子供たちの相手をしているうちに、機会を逸してしまった。

さわさわと、木立が揺れる。

やがて、湯気のたつティー・カップが配られた。
「それじゃ、いただきましょう」
と、衿子さんの手が伸びたとき、私はあわてて身を乗りだした。
「あのうー」

ところが、なんというタイミングだろう。
ピンポーンという玄関のチャイムの音に、私の声はかき消された。

お隣の大学教授が訪ねてきたのだった。
銀ぶち眼鏡の温厚そうな顔が、居間にあらわれた。
「ほほう、これはいいところにやってきましたな。私は、チョコレートが大好物でしてね」
「枝里子さんが持ってきてくださったんですよ。宜しかったら、ご一緒にどうぞ」
と衿子さんが誘う。
では遠慮なく、と教授は輪の中に入ってきた。

(これは、まずいことになったゾ)
私は見知らぬ人から目を離せずにいる。彼は、無雑作に腕をのばし、チョコレートをひとつ、つまんで口元に持ってきた。

「あのうー」
意を決し、再び私が声を発したちょうどそのとき、彼は、おや、という表情で、手を止めた。
私はほっと胸をなでおろした。
「なんだ、これ、消しゴムじゃないか」
そんな一言が飛びだすにちがいなかった。
私はじっと待った。

しかし ―― 意外にも、白いものが半分混じった頭をかきながら、彼はこう言ったのである。
「ちょっと大きすぎるようですな。どうもこのところ歯を弱くしまして‥‥。すみません、ナイフをお借りできませんかね」

衿子さんが果物ナイフを手渡した。
(うーん。ま、切ってみれば、いくらなんでも気付くはずよね)
私は青ざめ、手にじっとりと汗をかいている。

教授は丁寧に、チョコレートを半分に割った。
あれ?まだ、わからないの?!

「あのうー」
三度、声をかけたが、間に合わなかった。
教授は何のためらいもなく、チョコレートをひとかけら、ぽーんと口に放りこみ、次の瞬間、顔をゆがめながら、歯型のついた茶色の塊を吐き出したのだった。

爆笑の渦の中で、私ひとり、平謝りにあやまったのは言うまでもない。

チョコレートの消しゴムを手にすると、林を抜ける風の色と、衿子さんの笑い声が甦る。