** Eriko Kusuta's World ** 楠田枝里子公式ホームページ **
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ちょっとした事件がもちあがった。
ジャケットもそれぞれに個性的なレコードの消しゴムは、なかを取り出してみると、細かく溝を掘ってある円盤で、なかなかほほえましい工夫にあふれている。
CDのように透明にきらめく力作には、おうっと感心の声がもれる。
問題になったのは、ていねいに作り上げてある、直系10センチ以上という大判のレコード2枚だった。
印刷も手触りもしっかりしているから、ひょっとすると中心部は本物かもしれない。
周囲の黒、あるいは赤の部分が消しゴムで、10年あまり前に入手したスグレモノである。
ところが、本書の撮影の最中に、カメラマンの永田さんが、こんなことを言いだしたのだ。
「これ、ホントに消しゴムですか?」
思いもかけない発言であった。
10年ものあいだ、私は信じて疑ったことなどないのに。
「消しゴムで……ないとしたら……何なんですか?」
「そうですねえ、コースターとか―」
「えー」
ガーンと、顔面にパンチをくらったような衝撃が走った。
そんなことってあるだろうか。
デザイナーの古平さんが、さらに首をひねる。
「紙が貼ってありますから、コースターではないんじゃないかな。濡れちゃったらおしまいですからね。でも、消しゴムでもない気もするなあ」
目の前が真っ暗ならぬ真っ白に消し飛んだ。
たちまち作業は中断。
スタッフ全員、うーんとうなって、腕組みしたまま動けなくなった。
しばしの沈黙の末、ようやく私は決意した。
「やって、みましょう」
メモ用紙に、鉛筆でぐるぐると丸を幾重にも書き付け、震える手で、問題のレコードの消しゴムを構える。
祈るような気持ちだった。
息をつめて、そうっと1、2回すべらせてみる……と、みごと! 線はきれいに消えていったのである。
一同、ほっと腕をなでおろしたのは、言うまでもない。
よし。
これでもう、文句はないだろう。
鉛筆の線を消したのだから、消しゴムだ。
たとえ、たとえ、コースターとして売り出されていたとしても、それは世を忍ぶ仮の姿。
コースターのふりをした、りっぱな消しゴムだと、私は言ってしまうぞ。
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