ピナ・バウシュは、今私が最も敬愛するコリオグラファー(ダンスの振り付け・演出家)である。
もうほとんど「追っかけ」状態といっていいだろう。
毎年ピナの新作を見るためにヨーロッパに出かけるし、ピナ自身が舞台に立つと聞けば、たった1日ためにどこにだって飛んでいく。
日本で公演があるときには、ほとんど毎日、劇場に足を運ぶ。
ピナの作品ほど、人の心を根底から揺さ振り、嵐の只中に投げ出し、そして開放してくれるものを、私は他に知らない。
そしてまた、ピナ自身が、実に魅力的な人で、会うたびに私は、その存在感に圧倒されるのである。
途方もない世界の怖さと、限りない優しさをたたえた人だ。
和食好きのピナのために、時に私は日本からのお土産をかかえていく。
一昨年は日本酒、その前はおせんべい、去年は、なんとお寿司の……消しゴムだった!
舞台がはねたあとのパリの夜12時。
一緒に食事を楽しんでいたレストランのテーブルの上に、私が消しゴムを広げると、どっと無邪気な歓声がわきおこった。
ご飯の一粒一粒がリアルなシャリのうえに、舌の先でとろけそうなウニ、ぷちぷち音が聞こえてきそうなイクラ、つややかなトロに、海苔できれいに巻いたタマゴ……。
ダンサーたちが、おどけて口に運ぶそぶりをみせる。
いつも物静かなピナも弾んだ笑い声をあたりに響かせる。
そして悪戲っぽい眼差しで私のことを覗きこみ、
「そう、消しゴムって、哲学的な存在なのよね」
と、頷いてみせた。
ピナには何もかもわかってしまうのだ。
あの夜、私たちは、今度来日するときにはエリコのうちでぜひ寿司パーティを開きましょう、と嬉しい約束を交わしたのだった。
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