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この消しゴムを手に入れたとき、私はおおげさではなく狂喜して、会う人ごとに見せてまわったものだ。

くるくるくると、緑の渦巻きが2本抱き合わせになっていて、袋に入っている。
色も形も、素朴な日本の夏を象徴する、蚊取り線香そのままである。
銀色のスタンドが付いていて、これまた本物と同様に、中央部を持ち上げて立て、蚊取り線香の中心の穴にさしこむ。
うっかりマッチの火を近づけてしまったとしても、不思議はない。
いったい、蚊取り線香を消しゴムにしようなんて、誰が思いついたのだろう。






一年のうちのほんのわずかの期間しか、人の目にふれる機会のない、小さな日用品。
母親の手伝いで手にすることはあっても、身近な遊びに登場するわけはなく、子供にとっては少し距離をおいた場所にある道具である。
消しゴムにしてみたところで、こんなに不安定なかっこうでは使いづらいだろうに‥‥。

あれこれ考えを巡らしてみたが、いや、しかし、この消しゴムの魅力は、しかつめらしい合理性では推しはかれないかもしれない。

なにより、そこには、製作者の深い愛情があふれている。
その人は理屈抜きに、消しゴムが好きで好きでたまらないのだ。
きっと、世の中にあるもの全てを消しゴムでこしらえてしまいたい、と思うほど、その世界にのめりこんでいるのだ。

子供が硬貨を握りしめて買いにいく、たかだか50円、100円の文具である。
大量生産されるわけでもないし、単に仕事だけでは、ここまで熱は込められない。
労力を考えると、ほとんど持ち出しといってもいいほどだろう。

蚊取り線香スタンドには、目をまわして倒れている蚊の絵が、描かれている。
包みの裏にさりげなく記されているのは、こうだ。
「この消しゴムは、えんぴつで書いた文字はおちますが、蚊はおちません。
あしからず」

私たちは思わず、声をあげて笑ってしまう。
こんな無邪気な冗談のやりとりに大喜びした記憶が、どの少年にも少女にもあるはずだ。

蚊取り線香消しゴムに夢中になってしまうのは、発想がユニークで、面白おかしいからだけではない。
私たちはそこに、世界を眩しく悪戯っぽく見渡していた幼い日の自分自身を、懐かしく重ね合わせる。

そして、そんなにもこだわって消しゴムを愛し、遊び続けている人がいるということが、嬉しくてたまらなくなる。

だから、またいっそう、消しゴムに惹かれてしまうのだ。