三回忌の不思議
楠田枝里子
不思議な、8月でした。
10年使ったリビングのテレビが、とうとう壊れてしまいました。
急ぎ新しいテレビを購入し、古い機械を台から撤去したところ・・・。
その裏から、こんなものが転がり落ちました。
オーラティーン。
猫用の、スグレモノのデンタルジェルです。
マフィンは、歯磨きが大嫌いでした。
歯ブラシなんて、絶対口に入れさせてくれない。
でも、いつまでも元気で、長生きしてもらうために、歯のケアは欠かせません。
動物病院の先生のアドバイスで、私はこのデンタルジェルを入手し、指先に巻いた柔らかな布に含ませて、マフィンの歯や歯ぐきを拭いてあげていたのですね。
それでも、マフィンは嫌がって、スキあれば逃げ出そうとしていました。
きっとマフィンは、「こんなの、いらないよ」と、私の留守の間に、オーラティーンをテレビの後ろに隠したのでしょう。
使いかけのチューブを握りしめて、私は号泣しました。
ごめんね、マーちゃん、
デンタルジェルは、捨てたよ。
もう歯磨きなんか、しない。
マーちゃんの嫌がることは、何にもしないよ。
だから・・・お願い、早く帰ってきて、マーちゃん!!!
*****
命日前の、また、ある日のこと。
私の仕事机の前方の棚の奥に、ぽつんと小さな紙袋が置いてあるのに、ふと気付きました。
見覚えのない包み・・・取り出してみると・・・中には、黄色いひまわり柄の、またたびポワソンが入っていたのです!!
マフィンが愛したねむねむと、同じひまわりの布で作った、魚のオモチャ。
十数年間も大事に使った猫用クッションでしたから、この生地は、もうとっくに無くなっているはずです。
それなのに・・・いつ、どうして・・。
思わずパッケージを開け、鼻を近づけると、鮮やかなマタタビの匂いが、あたりに広がりました。
まるで、昨日作ったばかりのような、フレッシュなまたたびポワソン・・・。
ひまわりは、私たちの夏の思い出が詰まった、大切な花です。
ああ、そうか、と頷きました。
マーちゃん、これで遊びたかったのね。
マフィンの三回忌の8月11日、インスタグラムに、このポワソンをアップし、猫の雑貨屋ルシャの店長、ゆかさんに、パッケージ入りの写真を送ったところ、驚きの返事がかえってきました。
そのタグは、初期のまたたびポワソンで、少なくとも10年以上前のものだというのです。
ルシャさんの工房は、10年前大きな火事にあい、型紙から何から全て失われてしまい、その後一新したので、写真のポワソンは、それより前のものということ。
同じものは、もう二度と作れないのです。
では、十何年もの長い間、私が、目の前の書棚のポワソンの包みに、気付かなかったというのでしょうか?
いや、それも、ありえない・・・。
*****
もうひとつ、ゆかさんから、こんな話が飛び出しました。
ゆかさんは、去年から、大きなひまわり柄の布地を用意し、マフィンの三回忌に合わせて、スペシャル・ポワソンを作ってくれていたのですね。
ところが、パリから帰国後、忙殺されているうちに、手配が遅れてしまったのですって。
ついに11日に間に合わなかった、とガックリ肩を落としていたところ、マフィンの声が聞こえたそうです。
「ルシャさん、ダメだなあ。
それ、ボクのでしょ?
まだ間に合うよ!
受け付けるよ!」
夜が明けて、ゆかさんは大至急で、宅配センターに走ってくれたのですって。
まったく、マフィンは、やってくれます。
プレゼントを催促するとは、なんてコでしょう!
笑っちゃいますよね。
大きな、ひまわりポワソンは、3日遅れで、うちに到着しました。
命日の小さなポワソンと並べて、私は嬉しくなりました。
「ママと、マフィン」だあ!!
*****
とても信じられないと、笑われて当然ですが・・・オーラティーンも、三回忌の小さなポワソンも、不可思議な力で出現したのではないでしょうか。
おそらく・・・あのコの意志で。
まだ大きいポワソンを知らなかったマフィンは、いつも遊んでいた小さなポワソンを、思い出のひまわり柄で。
大きいポワソンを急いで送ってくれた時のことを、ゆかさんはこう言います。
「マフィンちゃんに指示されるように、動いたんです。」
長くお世話になったゆかさんに、マフィンがお願いしたのでしょう。
関係の深い人が、あのコからのメッセージを受け取ったことは、これまでにも度々ありました。
この生々しい感動は、私たちにしかシェアできないものかもしれません。
*****
8月11日は、あまりにも悲しい日。
最期のあのコの姿が、昼も夜も目の前から離れず、辛すぎて、苦しくて、泣くしかなくて・・・。
7月から、悲しみに打ちひしがれている私を見て、マフィンは奇跡を仕掛けてくれたのでしょう。
矢継ぎ早にハプニングを起こして、
「どう?
ママ、ビックリした?
楽しくなってきたでしょ」
と、笑いかけている気がします。
昔、私が落ち込んで泣いていると、いつもマフィンは心配して、
「泣かないで、泣かないで」
と、私の手をペロペロ舐めてくれたものでした。
今なお、あのコは、私を慰め、励まし、喜ばせ、そばに寄り添ってくれているのですね。
私は、マフィンの存在を、強烈に感じています。
*****
三回忌から、1週間後。
友人にお礼状を送るため、サンキュー・カードのストックファイルを取り出したときです。
なぜ、こんなところに?!
何枚ものカードに挟まれて、古い写真が1枚、出てきました。
マフィンがこちらに向かって走ってくるショットです。
胸がいっぱいになって、写真を手にしたまま、しばらく身動きできませんでした。
マーちゃんったら、
「ありがとう」
って言ってくれてるの?!
ひまわりポワソンで、たくさん遊んで、楽しかった?
マーちゃんの新しい花瓶のひまわり、きれいだったでしょ?
お菓子もどっさり、美味しかったね?
・・・・・。
マフィンは、なんて可愛い、いいコでしょう!!
その日は、私はもう泣きませんでした。
写真に向って、にっこりと、笑いかけました。
ありがとねっ、マーちゃん!!!
2023年9月
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